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お返事はもう暫くお待ちを~!
ティキミラ過去捏造パラレル。時計職人(見習い)の恋人の続き。
今回の前半は「二人のロミオ、~3」からそのまま抜き出し。(誤字修正くらいはしたかも)
副タイトルは、群青三メートル手前さんの「彩日十題」より。
よろしければ、続きをどうぞ。
02. 幸福なくちびるの持ち主
ティキは親の顔を知らない。生まれた場所も知らない。
親もなければ学もない子供が22年間どうやって生きてきたかなど、詳しく語るまでもない。
それでも彼なりの美学というかポリシーというか、これだけはという線は確かにあって、そのうちの一つに女を犯さない、というのがある。
彼はよく聞かされた。
女というのはバカなものだ、弱くて男がいなければ何もできないものだと。何をされても泣くことしかできないから、手に入れることなど簡単だ、と。
しかし、ティキが見てきた女性はなかなか賢くて、定職を持たず彼女たちに何かを与えることなど考えたことさえない彼を、遠巻きに眺めることはあっても近づくことはなかった。
また、ティキの知ってる女というのはとても逞しい。
その場限りの仕事仲間に連れて行かれた娼館で、初めて知った女の体の柔らかさと温かさと気持ちよさ。夢中になって通いつめ、金の切れ目が縁の切れ目、あっという間に放っぽり出された。
「お金ができたらまたおいで、ハンサムボーイ」なじみのオマケと熱いキスを最後にくれて。
恨みはない。涙もない。むしろ愉快で笑い転げた。カネなど稼げば手に入る。そんなモノであの天国が手に入るのならいくらでも。
力づくで女に足を開かせる男は、彼から見ればただのバカだ。一方通行で満足できるなら自慰と同じ。合意のもと、互いに楽しんでこその快楽。
だから初夏の夜、ドイツの小さな街の公園で、彼が向かう先から絹を裂くような女の悲鳴が耳に飛び込んできたときも、急ごうとも引き返そうとも思わなかった。
コトが終わっていたなら慰めてやらなくもないし、間に合ったなら助けてやればいい。腕っ節には自信がある。
こんな時間に外を出歩くのは街娼あたりか。だったら、遊びたいと誘えば安くしてくれるかもしれない。
都合のよい考えに、ティキの顔がヘラリと緩む。足を進める視線の先、暗闇の中に丸く浮かび上がる黄色い灯り。
ボンヤリと光を落とすガス灯の下、女がこちらに背をむけ座り込んでいた。周囲に人影は見当たらない。逃げる足音も聞こえない。
歩く速度を緩めないティキの耳に届いたのは悲鳴の原因。
ク~ン?
問いかけるような犬の鳴き声。
「脅かさないでちょうだい、まったくもう」
文句を言う女の声はどこか甘い。弱々しい光の中、華奢な手首が白く照らし出され、覗き込んでくる大型犬の頭をおっかなびっくりなでている。その手つきは優しい。
なぜかティキの足が止まる。ガス灯の光の中にへたりこんでいる女をしげしげと眺める。
首から足首まで隙なく覆うロングドレスは随分と地味だ。長い髪は結い上げて頭の後ろで団子にしている。春を売る女には見えないが、お固いドイツ女は娼婦でさえこんな格好をしてるのだろうか。
首を捻りつつ、女に声をかけた。よく考えれば、声をかける理由などなかったのだけれど。
「お嬢さん?」
「きゃあぁあぁあ!」
「うぉ?」
あまりの驚きように、ティキもまた驚きの声を上げた。見上げてくる大きな瞳に浮かぶのは、混じりっ気なしの脅え。手をつき後ずさる肢体は、思わず手をのばして引きずり寄せたくなるほど細い。
通った鼻筋、白い肌。薄い唇は紅い。とりあえず、『お嬢さん』で合ってたようだ。多分ティキより一、二歳は若い。
ぶしつけなティキの視線を真正面から受け止めた女は、見下ろす男が何もしてこないのを見てとると途端に謝り始めた。
「すみませんすみません、暗くてよく見えなくて、あの、気を悪くされましたか?」
丁寧すぎる問いかけに、ティキの顔に笑みが浮かぶ。
「いやまぁ何つーか、こんな暗くちゃ危ないだろ。よかったら家まで送ってく?」
言いながら差し出したティキの手に縋ることなく、女は立ち上がりスカートの泥をはたく。
「お気遣い頂きまして本当にありがとうございます。でも、その、これ以上ご迷惑おかけするわけにはいきませんから。どうぞお構いなく」
ペコペコ頭を下げる様子から、警戒心は読み取れない。面白い。女が踏み出した方向に、ティキもさりげなく靴の先を向けた。
「まぁ、そう言わず。どうせオレも通り道だし」
「いえ、本当に大丈夫です。あと十分も歩けば自分の部屋に着きますから」
「へぇ? 確かあそこら辺ておっきい家ばっか建ってた気がするけど、もしかしてアンタ、お嬢様だったりすんの?」
「まま、まさか! 別の場所と勘違いしてます! 私の住んでるアパートもですけど、古い建物ばかりの割と寂れた...ロウソク通りってご存知ですか?」
女は胸の前で両手を大きく振って全身で否定し、その勢いでバランスを崩し転びかける。傾く体を二の腕掴んで引き止めると、すみませんすみませんと恐縮しきり。
相手の謝罪の言葉を右から左に流しながら、だろうなとティキは胸のうちで頷く。お嬢様はこんな夜遅く一人で出歩いたりしない。
内心呟きつつティキが続けたのは全く別のセリフ。針葉樹の高い影の代わり、視界の隅には窓から漏れるランプの光。
「ありゃ、また間違えたか。オレさ、ここから北西に行ったナーエンてトコで時計職人の親父の手伝いしてんだけど、ここに来んのまだ二回目でなんだ。前回も迷って時間食っちまって親方の五月蝿いの何の」
「まぁ、時計職人さん?」
「の手伝い。見習いみたいなもんかな。あ、オレね、ティキってんだ。ティキ・ミック。アンタは?」
「え? あぁ、すみません、名乗りもせずに。私はミランダ。ミランダ・ロットーと申します。えーと、ティキさん、てドイツの方じゃありませんよね? お名前もですけど、その少し喋り方が...あぁ! すみません! いきなり脈絡のないこと言っちゃって、でも私、あまり耳がよくなくて、いえ耳が遠いってわけじゃないんですけど、でも聞き間違いがしょっちゅうで、多分、いえ絶対気のせい...」
見当違いの気遣いをティキは軽やかに笑いとばした。
「やっぱ分かっちまうか。これでも頑張ってドイツ語、勉強してんだけどなぁ。あったり~ってやつだ。元々はポルトガル生まれのよそ者だよ」
「よ、よそ者だなんてそんな! 時計職人さんて、頭がよくて手先が器用じゃないと見習いにもしてくれないんですよ。私なんか、訪ねたその場で断られちゃって...断られちゃって......」
「訪ねたってミランダ、アンタ時計職人なるつもりだったの?」
「あのその私、ちょっと....かなりトロくて。手に職つけて一生同じこと続けられれば少しは仕事が上手になれるんじゃないかしらと...」
「...上手だから金もらえるんじゃねぇの、仕事として...あぁいや、そうだよな、人間誰しも得手不得手がある...」
隣を歩く女が声もなくホトホトと流し出した涙にギョッとして、ティキは思わず気休めを口にしていた。今度はつんのめりそうになった相手の細いウェストに手を回しながら。
何してんだろう、他人が泣こうが笑おうが自分には関係ないのだが。
力なく首を振って、ミランダはグスリと鼻をすすり上げた。この角を右です、とすり減った石畳を力なく進む。確かに古びた建物が並んでいる。
「いいんです、私に得意なことなんてないんです。今働かせてもらってるカフェだって、もうすぐ一年になるのに失敗ばかりで。マスターはそりゃぁ優しい人ですけど、でも、どんどんため息が増えて。きっと明日こそクビだって言われます」
「そりゃスゴイ。オレ、一年も同じトコに勤めたことなんてねぇよ?」
そんなに長く同じ所に居たいとも思わないが。本音をこっそり口の中へ消したティキを、俯いていた女が呆然と仰ぎ見た。目が皿みたいにまん丸くなってる。次いで、胸の前で手をわたわたと交差させながら、音がしそうな勢いで首を振る。
「スゴイって、そそんな、あの違うんです。私もこんなに続いたのは初めてで、あの、これまで二ヶ月とか三ヶ月とかしか続かなかったんです! 今の所に雇ってもらうまでに、もう九回もクビになってて、短い時なんて一日でもう来るなって怒られて必死に謝るんですけど壊しちゃったお鍋とか壁とか弁償できなくて、でも働かないとご飯も食べられなくて」
いつまでたっても終わりそうにない女の謙遜(だと思っていたのだ、この時点では)を遮り、ティキは陽気に口笛を吹く。
「九回? じゃ、オレの勝ちだ。オレは....ん~っと少なくとも二十回は働き先変えてるぜ?」
「に、二十回?」
「あれ、三十回だったっか? 会ったばっかでこんなコト言うのも恥ずかしいんだけどさ、オレ親がいねぇんだわ。いいトコ勤めるなら、しっかりした素性が必要だろ? でも」
「そんな! ティキさんはこんなに優しいのに! あんまりです!」
話を途中で遮って、ミランダは出会って初めて断固とした口調で言い切った。何を根拠に会ったばかりの人間を優しいと判断したのかティキには永遠の謎だが、彼女にとって「仕事を変わる=クビになる」であるらしいことはすぐに分かった。どうも、親切な人が出生を理由に理不尽な扱いを受けていると憤っているらしい。
当たらずとも遠からず、けれど決定的な勘違いを正す気になれないまま、ティキは細い背中をとっさに支えた。先に立つミランダが足を踏み外したので、そのままだとティキも巻き添えで木の階段を転がり落ちる羽目になるからだ。別に相手を思っての行動ではない。
が。またもや大げさな謝罪と感謝。彼はどうも落ち着かない。
廊下を進み先を行っていたミランダが足を止めた。彼女の正面には飾りっ気のない扉、真鍮のドアノブ。手に提げた小さな巾着をゴソゴソ探り、鍵を取り出す。
「ちょっと待ってて下さい、何かお礼を」
一体何の礼なのやら。
ドアを開け放ち部屋の中へ何かを探しに行こうとしたミランダを、ティキは呼び止めた。ふり向く小さな顔は何とも邪気がない。「う~ん」とうなって、ボサボサの頭をかき回す。自分らしくないという自覚はある。
「んで、ミランダ。本当にアンタ、気をつけた方がいいよ」
「はい?」
「今日会ったばっかのよく知らない男を自分の住んでるトコまで案内してどうすんの?」
「え?」
「例えばさ、オレが変な気おこしてこのドアこじ開けてカギ閉めちゃえば、ミランダはオレと二人っきりで部屋に閉じ込められちゃうわけだ。さて、ミランダはどうする?」
「!」
ようやっと自分の迂闊さに気づいたらしい。白い顔から血の気が引いて青くなる。
ティキが左手を上げた。ビクリと華奢な体が震える。薄い肩をすくめて縮こまっている。見上げてくる目にはうっすらと涙。笑いたくなるほど、弱くて愚かな存在。彼がよく聞かされた女そのまま。
では、これは何だろう。空っぽの胸を満たす温もりの名前を、ティキは知らない。
ティキは目の前の小さな頭に手を置いた。ほんの少し首を傾げると、彼の唇が触れるためにあるような位置に、遮るもの一つない白い額が覗く。鼻をくすぐる柔らかな香り。
弾かれたようにミランダは顔を上げた。濡れるまつ毛に縁取られた大きな瞳が、ティキを映す。
途端、青かった顔は真っ赤に染まる。直後青に戻り、小さな口が金魚みたいにパクパク開閉する。なんて面白い反応をするんだろう。
プッと噴き出して、相手の頭に置いたままだった手をティキは名残惜しく引っ込めた。一度だけ撫でたその後で。
「おやすみ、ミランダ。よい夢を」
小さく告げて、彼は彼女に背を向けた。
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