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時計職人(見習い)の恋人

ティキミラ過去捏造パラレル。ティキさん:22歳、ミラさん:21歳。ノアもイノセンスもエクソシストも出てきません。(だったら何でDグレキャラでこの話を書くんだ)

以前書いたLMT話、「二人のロミオ、とジュリエット」の中のティキミラ回想シーンを、書いてる人間がえらく気に入ってしまいまして。
独立したお話にしたいなぁなんて思ったのがそもそもの始まり。なので、結構そこからの文が出てきたりします。

副タイトルは群青三メートル手前さんの「彩日十題」より。いつも素敵な言葉、ありがとうございますv(ここで言ってもなぁ)

少女マンガでもここまでベタじゃなかろうと思いつつ。恥ずかしさにのたうち回りつつ。
書いてて楽しくて楽しくて。

よろしければどうぞ。

 
 
続く道

01.一番じょうずに甘やかすひと


ミランダは自分の名前が好きではなかった。だってその名が呼ばれるのは決まって、怒られる時、叱られる時、からかわれる時、呆れられる時だったから。
「ミランダ」
そう呼ぶ声は、苛立ちや好奇や怒り、苦々しさに満ちていて、その後に続く言葉も大抵同じ。
「何してるんだ」「何でそんなことするの」「何でこんなこともできないの」「何てみっともない」
終わりを告げる言葉も一緒。
「もういいよ」「もうオマエは何もするな」「もうクビだ」「もうその顔見せるな」
そしてため息。

その度にミランダは一生懸命頭を下げる。
「ごめんなさい」「すみません」「許してください」「もう迷惑をかけないようにしますから」「次はもっと頑張りますから」「だから」

(私を嫌わないで)

でも、もう遅い。
「さっさと出て行け」
言葉と一緒に出口を指し示される。
これでオシマイ。

分かっている。ミランダが悪いのだ。
運動神経が悪くて、物覚えが悪くて、運も悪い。悪いとこだらけの三重苦。どころか、さえない容貌、やせっぽっちの体で五重苦。頑固で不器用で気がきかないの八重苦。
数え上げればキリがない。

しかし。
遡ること二ヶ月前、とても楽しげに彼女の名を呼ぶ人にミランダは出会った。その人の呼ぶ明るく軽やかな自分の名前を、ミランダは初めて愛おしく大切に感じた。
自分は運が悪いと思ってきたが、それは単なる思い込みでしかなかったんじゃないかと錯覚するほど。

そして今日。
雨が降っていた。土砂降りだった。後で、十数年ぶりの大雨だったと知った。
そんな豪雨の中ミランダはもう三十分間、傘をさして立っていた。頭上ではガス灯がボンヤリとした明かりをにじませている。
せっかくだからと初めて袖を通した淡いピンクのワンピース。最初は泥がはねないようにと裾を持ち上げていたが、ここまで濡れては意味もない。強風になびくがまま放してしまった。すぐ近くの針葉樹の太い木の枝が柳のように揺れている。

こんな天気で良かったとミランダは思う。彼が来られない理由になる。
晴れていて風が爽やかで、それなのに待ち人が来なかったら寂しい。来る筈なんてないと言い聞かせていても。
約束の時間まであと五分。
それから三十分間、待とうと思う。そしたら一人であの寒い部屋へと帰ろう。胸に抱えたバスケットはここに来るまでに二度水溜りに落としてしまったから、中のサンドイッチはもう食べられないけれど。失敗した残りが家に沢山残っている。
前を向いていた視線は約束の時間が近づくにつれ段々と下がっていく。

別にデートとか、そういうのではない。
ただちょっと、今度の休みはいつかという話になって、丁度彼もその日は仕事がお休みで、それじゃどこか一緒に行こうかなんて言われて、だったら何か食べるものを作って来ますとミランダが答えて。
そんな風に男の人と出かけるなんてミランダは初めてだった。知り合ってまだ間もないのに、はしたないと思われたらどうしようと心配でもあった。

けれど、これまでなら仕事のある日の夕方、この公園からミランダの部屋までの十数分しか一緒にいられなかったから、明るいうちから会えることが楽しみで。
何より初めて約束してくれたのが嬉しくて。
柄にもなく浮かれて忘れていたのだ。自分がとてつもなく運の悪いことを。例えば大切な人と約束した日が十数年ぶりの大雨になるくらいに。

俯く視界に、バシャリと水を跳ね上げて茶色い靴が飛び込んできた。低く甘い声が雨粒と共に降ってくる。
「あれ、ミランダ? 早いなぁ、オレのが先だと思ってたのに」
まさかと思いつつも、顔を上げる。真っ先に目に付くのは、雨に濡れた分厚いメガネ。ミランダが待っていた人のトレードマーク。
自分の目が信じられずに思わず呟いていた。
「...え? ティキさん? 何で...」
「何でって、今日はデートじゃなかったっけ?」
「で、デートって、そんな、だって雨が」
「じゃ、何でミランダここにいんの? オレのこと、待ってたんじゃねぇの?」
メガネをかけた男は不思議そうに首を捻る。黒い髪の先から雫が滴り落ちる。濡れて普段より素直になった髪を、彼は無造作にかき上げた。形のよい額が露わになって、ミランダがちょっとドキドキしていると、彼が嬉しそうに笑った。
「可愛いな、ミランダ。このワンピース初めて見た。何だ、オレももう少しオシャレしてくりゃ良かった」
見れば、彼はいつもの白いシャツにサスペンダーで吊ったゆったりしたズボン。初めて見る古ぼけたベストが、似合っているのかいないのか。
いつもの短い無精ひげが綺麗に剃られて、首へ続く整った線がよく分かる。
「それで、これ」
気のせいだろうか、見上げる彼の首元が少しだけ赤く見えるのは。差し出されたのは新聞紙に包まれた、
「お花?」
「昨日買ったから萎れてら。雨に濡れりゃ少しは元気になるかと思ったんだけどな」
「あぁあの、その、私、頂いて...も?」
「ミランダに買ったんだから、もらってくれないと困る。オレの部屋には花瓶なんてないし」
ジワリと涙が滲んだ。恐る恐る受け取って、そっと胸に抱きしめる。
「ありがとうございます、ティキさん。嬉しいです」
この時ミランダはよっぽど酷い顔をしていたのだろう。目を上げると、彼がポカンと口を開けていた。慌てて謝りだしたミランダを押しとどめて、分厚いメガネの奥、金の瞳が優しく笑った。





ティキさんがニセモノ(笑)時間軸的には05に繋がります。が、お話的な続きはこちら
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