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二人のロミオ、とジュリエット15からの続きです。
粗筋→ティキさんにさらわれたミランダさんをラビ君が見つけました。(以上)
今回の副題は「Mに関するお題」より。
刻(とき)の魔女 3
18xx-4年。
ドイツ、ナーエンの街の職人通り。
ミランダは一時間前から目指す建物を横目に見ながら、同じ通りを何度も行ったり来たりしていた。そうやって往復すること何度目か。
低く落ち着いた声をかけられた。
「フロイライン、落し物ですよ」
「えっ! っぶ」
自分のことかと勢いよく振り返り、ミランダは鼻をぶつけた。上等の上着にクッキリとついた口紅の跡。ザッと血の気が引いた。ハンカチを取りだし、慌てて汚れをこする。
「あぁあぁあの、すみません、すみません、この弁償は後で必ず」
「いや、私が驚かせてしまったのですから。それより、どうしました? こんな所でウロウロされて」
「その、あの、...人を訪ねて来たんですが...警察がいて。何かあったんですか?」
「あぁ、酷い話ですよ。何でも、流れ者の若者が世話になった時計職人夫婦を殺して逃げ出したとか。フロイライン、どうしました? 顔が真っ青だ。もしかして貴女の訪ね人というのはその時計職人さんでしたか? それはお気の毒に」
手を止めて勢いよく首を横に振った。眉をしかめる気配がした。
「ではまさか、その逃げ出した流れ者...」
「いいえ、いいえ、違います! わ、私はそんな人、し、知りませ、ん」
震えだしたミランダは、踵を返してその場から逃げ出した。
***
「...若いって凄ぇ...」
落ちてきた大理石の壁にもたれて座り込み、ティキは頭上を見上げた。何もない。青い空以外、何も。
彼が千年公からもらった屋敷は、見事なまでに壊れていた。
彼とミランダが一緒に眠ったベッドも、顔を突き合わせて軽食をとったテーブルも、雨が降って外に連れ出すかわりに引きずって行った温室も、全て瓦礫に埋もれて何が何やら判別がつかない。
ここまで綺麗に壊されると、いっそ清々しい。
いつもの彼ならそう笑った。今のティキにはそれができない。
できない理由は、ティキが下ろした目線と彼女のそれがぶつかるや顔色をなくした。挫いた足をかばうのも忘れ、散らばる岩とレンガを掻き分け乗り越え彼の傍らに膝をつく。彼女の頭の周りをクルクル飛び回るのは、涙型の胴体とコウモリの翼を持つ黒いゴーレム。
噂には聞いていた。エクソシスト側のゴーレムの中に、反重力装置を備えるものがあると。
なるほど、洞窟の出口であの隻眼の青年がティキにイノセンスを突きつけたのは囮、このゴーレムを渡すのがそもそもの目的だったか。
チェックメイト、ゲームはオシマイ。
ティキは深く長く息を吐く。
一方、瓦礫の中に膝を付いたミランダは、バサリと彼のシャツの裾を捲り上げた。ティキはニヤリと口角を上げる。
「わ~お、ミランダってば大胆」
「...何で、何でアナタがこんな酷いケガ...」
ミランダの視線を辿れば、自分の腹に刻まれた大きく黒いあざ。肋骨が何本か折れてるようだ。喉を逆流してきた血を何度も飲み込んで、口の中が気持ち悪い。右腕と左脚もイッてる。
満身創痍とはこのことか。便利な能力を手に入れて、久しく忘れていた感覚だ。
痛みを押し殺し、まるで自分がケガでもしたような彼女に、ヘラリと笑ってみせる。
「大丈夫だって。ノアの治癒力、知ってんだろ?」
「だったら! 早く治してください。治せないんでしょう? 四年前のティキさんに、白のアナタに戻ってるから...バカです、ティキさんは」
「ミランダに言われちゃオシマイだ...なんでミランダが泣いてんの?」
「ティキさんが怪我をしてるからです」
「別に構わねーだろ、オレが死のうと生きようと。敵なんだし」
「人が傷付けば、人は悲しむものなんです!」
「敵でも?」
「敵でも!」
「自分をさらって閉じ込めて酷いことした相手でも?」
「ティキさんだからです! ティキさんだから、私は、私は...」
言葉が続かない。ティキは嘆息して、体に埋め込んでいた忌々しい黒い円盤を取り出した。
万物を選択できる能力を持つティキが唯一選べない物体、それがイノセンスだった。事実、白髪のエクソシスト、道化のイノセンスを持つアレンに体の中のノアの遺伝子を破壊されるまで、偽りの神の欠片は、彼を傷つけるだけのものだった。もしかしたら、今でもそうなのかもしれない。
けれど、ミランダのイノセンスはティキの体をすり抜けた。だけでなく、体の中に留めるとティキのノアとしての覚醒を抑えて人間の状態に安定させてくれた。彼に捕まった愚かな適合者の願いを叶えてやろうとしていたのかもしれない。
では、ついさっき洞窟が崩れ二人土砂に埋まりそうになった時、ティキがノアの力を発揮できなかったのは。腐ってもノアの敵であるエクソシストの彼女がそうイノセンスに望んだからだろうか。
目を伏せる。
違う、望んだのは多分。
「いつから気づいてた?」
「...私を初めて選んでくれた恩人なんです、刻盤(タイムレコード)は。その気配を間違えるわけありません」
本当に忘れっぽい頭の持ち主だ。一番最初にミランダを選んだのは、こんな無機物じゃぁないだろう。
「二週間前から、か。...ほい、返す」
「ティキさん?」
ミランダは無造作に放り投げられた自分の友を、一ヶ月ぶりに胸に抱きとめた。ホッと息を吐いた後、首を傾げてこちらを見る。彼女の瞳に映った自分の肌がみるみる死人の肌の色に染まっていくのを、ティキは眺めた。
ガラスの割れてしまったメガネを左手で外し、遠くへ放った。多分、もう必要のないものだ。
なのに。
「時間をさ、戻せるんだろ? ミランダは。だったら、これで戻してくんない? 四年前まで」
ポロリと言葉が零れた。
ミランダは、クマに囲まれた目を更に大きく見開く。瞳が零れ落ちるのではないかと、ティキはらしくもない心配を少しだけした。泥だらけの顔がクシャリと歪む。ゆるゆると細い首を振る。
「ティキさん、ティキさん、ティキさん、」
どれだけ名前を呼べば気がすむのやら。黒い円盤を胸に抱きしめて膝をついてうな垂れて、どうせならティキに縋りつけばいいのに、それもしない。
ただ、何度も彼の名を繰り返す。小刻みに震える細い肩。
そして、顔を上げた。この表情をティキは覚えている。一大決心をした時の顔だ。
ミランダは涙をぬぐいもせず、まっすぐ彼を見詰めた。
「ティキさん、私はアナタを裏切りました」
「知ってる」
「いいえ、知りません。四年前、私はアナタを知らないと言いました」
「だから、知ってるって。『そんな人、知りません!』て真っ青な顔して言ったよな。ひっでえの」
笑う。
ずるい女だ。このタイミングでそれを言うか。
呆然とティキの顔を眺める相手に、唇を歪めてみせる。傷がそろそろ癒える。口の中に溜まった血を、横向いて地面に吐き出した。
「何で」
「ミランダが『知らない』って言った相手の様子、覚えてるか?」
「...背が高くて、シルクハットを目深に被ってて、片手に杖を...! ティキさん?」
「そ。オレ」
「でも声が! 顔も」
「ちょっと声変えるくらい、ノアでなくたってできる。ホラ、こんなだっただろ?」
ミランダが首を振った。分からないということだろう。当然だ。もう四年も前の話になる。
あの時は、一生忘れられないだろうと思ったのに。
小さく呟くミランダの声を苦く聞く。
そして、ミランダが一生口にしないだろう事実も、ティキは知っている。
ミランダはあの後...「知らない」と言って逃げた後、一時間もしないうちに同じ場所へと戻って来たのだ。泣きながら。
ティキのことを周りに色々聞いて、結局、警察にまで尋ねている。「お世話になった人なんです」と。
その後少しして、彼女は勤め先をクビになった。
ようやっと一年勤められました、こんなに長く一つ所に勤められたの初めてです、とあんなに嬉しそうだったのに。
勤続一周年のお祝いにティキさんにも何かプレゼントしてあげますね、とちょっと得意そうに笑っていたのに。
...ティキが惜しむことではないけれど。
「知ってたから、ちょっと仕返ししてやろうと思った。オレを知らないと言った、薄情なミランダに」
「ごめんなさ...」
「謝んなよ。...許さない」
「!」
「って言ったらどうする? 一生、オレのそばで謝り続ける? 償い続ける?」
「ティキさん」
「あの眼帯くん捨てて、オレを選べる?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい...」
首を振る。横に。何度も何度も。ギュッとつぶった目から涙が溢れる。もう、ティキはそれを拭ってやれない。
どれだけ望んでも、彼らの時は巻き戻らない。
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