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千切れた痛覚

今回はリーバーさんとミランダさん。
タイトルは「群青三メートル手前」恋滞十題より。

 
 
千切れた痛覚


半分まで黒い液体に満たされたコーヒーカップを両手の平で包み込み。ミランダはリーバーと差し向かいで座っていた。
周囲には雑然と積み上げられた書類や雑誌、専門書に新聞。新しい本拠地に越してきたのはついこの間だというのに、既に第一科学班班長の執務室は旧本拠地と同じような有様になりつつある。
コムイの執務室や第一科学班の作業所から近いこの部屋は、他班長の「仮にも教団本部科学班の班長が専用の執務室もないなんておかしいよね」という至極もっともな指摘によって急遽用意された。

これまでリーバーが細かい休憩時間に使っている時にミランダが炭酸飲料を運んできて話し込んだことはあったが、ミランダからこの部屋で話したいことがあると切り出したのは初めてだ。
本人としては厳しい顔を....周囲から見れば泣きそうな顔を....リーバーへと向けて、彼女は先程新しく本部科学班へと異動して来た人から聞いたことを相手に問い質した。

「リーバーさんたちもイノセンス探しに同行するって本当ですか?!」
「ああ本当」

麦わら色の髪の持ち主はあっさり頷いた。が、頷かれた方の衝撃は計り知れない。ふらふらと立ち上がり、震えながらも手の中のコーヒーカップをテーブルへと置けたあたり、リーバーと付き合うようになってから進歩したといえる。

「すみません、やっぱり私、別れたほうが、いえ、別れます、二度とお目にかかりません、今まで良くしていただいてありがとうございました」

泣きながらもがく。なぜか、リーバーの腕が腰と背中に回っていたからだ。いつからこうなっていたのだろう。気づかなかった。
これまでだったら、こんなこと言う前に部屋から逃げ出していたのに。この優しい人の視界に、一秒たりとも自分なんかがいてはいけないと思ったのに。
無駄に腕を上下し慌てるミランダに劣らず、リーバーも慌てているようだった。少しだけ、彼女の腕に食い込む彼の指が痛い。

「いやまて、頼む説明してくれ、一体これまでの話のどこをどうすれば別れ話になるんだ」

あごをつかまれ強引に上げさせられた顔は、涙のせいでいつもよりなお見れたものではないだろう。恥ずかしい。
けれど、ぼやける視界の中、真摯にのぞきこんできたすみれ色の瞳はいつもと同じように美しい。

「だって....現場に行くってことはそれだけ危険が増えるってことでしょう。一緒の任務なら私の命に代えてもお守りします。....できないかもしれませんけど、でもリーバーさんに何かある前に私がどうにかなります。
 でも別の任務に行ってたらそれもできない。私の知らないところでリーバーさんに....な、何かあったら、あ、あるわけないですけど、だって他の人たちの方が私なんかよりよっぽど強いし賢いし、でも、でも、だって、そんな、そんなの私....」

想像するのも嫌だが、後から後から脳裏に最悪の場面が浮かんでくる。想像だけでも苦しいこれらが現実になってしまったら、きっとミランダは耐えられない。自分を選んでくれたタイムレコードに、願ってはいけないことを願ってしまう。
その結末は周囲を巻き込んでの咎落ちに決まってる。どの面さげてこの人の側にいられよう。

涙ながらの訴えにリーバーは怒りもせず、むしろ嬉しそうな声であのなと言った。

「あのな、ミランダ。
 レベル4に本部が襲撃された時があっただろう? そう、ラボの床に科学班員が並べられたとき。
 あの時さ、オレ隠れてた場所から飛びだしてたんだ。飛びだすなって....堪えろってバク支部長は言ったのにな、部下が化け物にされる....違うな、化け物は関係ない。そうじゃなくて、オレの知ってる奴がそれ以外の存在になるのが我慢できなかった。それならオレが別人になった方がいいって思った。なったらどう利用されるか、仲間たちに酷いことするようになるって分かってながら....バカだよな」

自嘲を込めた呟きはひどく苦い。ミランダはたまらず叫ぶ。

「そんなことありません! リーバーさんは優しいだけです! 」

腕の中でもがく女を落ち着かせようとするように、リーバーの手がミランダの頭に押しあてられた。何度か優しく叩かれる。それは辛抱強く続けられ、さすがに息が切れた彼女は相手の胸に額をもたれかからせた。深く響く相手の声が、肌に直接しみこんでくるようだった。

「この前の引越しでさ、少しの間だけどオレの中に別の奴がいて体を勝手に使われたんだ」
「あ、あの幽霊の....?」
「気持ち悪かった」

驚いた。弾かれたように見上げると、リーバーは険しい顔で唇を引き結んでいる。
ミランダはためらいがちに、でも言わずにいられない。

「でも、あの子は」
「あぁ。気の毒だと思う。冗談のタネにさせていいことじゃなかった、あいつらの教育が足りなくて悪かったと思う。
 でも、嫌だった。自分の体が自分でコントロールできないのも、自分の命を人質にとられることも、自分の中に自分じゃないのがいるのも、すんごい嫌だった」

言葉を失う。
そして続けられた言葉に、目を見開いた。

「アレンがずっとこんな気持ちでいるのかと思うと14番目ってやつに腹がたって仕方ない」
「リーバーさん....」

ああ、この人は。
一緒に任務へ赴くミランダなどより余程、アレンを、仲間を理解している。気遣っている。思っている。
自分たちが知らず手放した痛みに、こんなに真剣に向き合ってくれている。

「早く戦争を終わらせたい。こんなの続けるもんじゃない。そのために、オレたちが現場に行くことが必要だと思ったからそう提案した。まきげ....じゃなかった、室長も理解してくれた」

少し間があった。
見つめるミランダと視線を合わせ、バツが悪そうにすみれ色の目が泳ぐ。
ミランダは小首を傾げた。どうしたのだろう。

「そんで、オレは欲張りだから、ミランダにも理解してほしい。……ダメか?」

唖然とした。
本当にリーバーは欲張りだ。ここまで説明されて拒否できる人間なんているんだろうか。

ミランダは目をつぶった。
自分を抱きしめる広い肩、広い胸、長い腕、強い力を感じる。
守られていると感じる。
こうやって側にいるときだけでなく、離れているときも。この人は守ろうとしてくれている。
アレンがアレンでいられるように。エクソシストが人でいられるように。....ミランダがミランダでいられるように。

目を開けると痛いほどの視線がぶつかった。戦争の中心近くにいることを改めて自覚する。自分が参加しているものが何かを新たに心へ刻みつける。この人に出会えた場所、でも存在を許してはいけない愛しいホーム。

かくてミランダは頷いた。リーバーの望みを理解したことを伝えるために。





班長の目はすみれ色でいいのかな? 単行本16巻表紙見るとブロンド(というには苦しいかなー)+バイオレット(青に近い紫)アイ。

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