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時々。
本当に時々、ティキはミランダをまるで氷でできた繊細な彫刻のように扱う。
例えば今日みたいに月が真ん丸く夜空に輝く夜。
こんな時、男は触れる場所から融けてしまうのを恐れるように、指の先、爪の背を触れるか触れないか、触られているミランダすらわからない境目に滑らせていく。
男の長く骨ばった指がミランダのこめかみから頬を通ってゆっくりまっすぐ顎へと下りていくのを、彼女は息を止めて見守る。
一旦指があごで止まると、ティキはミランダが自分が触れても融けて消えてしまわないのだと納得したように、小さく息を吐く。ほんの僅か、微かなその吐息をミランダは聞き逃さなかった。何となれば、それは彼女の耳へと直に吹き込まれたので。
ミランダはずっと止めていた息と一緒に心臓が口から飛び出そうな思いで体をすくめた。気づけば手が何かを探すように宙をさ迷っている。慌てて指を握りこむ。自分は何をつかもうというのか。
が、自分とよく似たくせ毛の持ち主が唇をミランダの耳朶に押し付けたものだから、彼女の指はティキの上着の裾に皺を作ってしまった。とはいえ彼の触れ方は劣情の感じられない、とても優しいものだった。触れては離れ離れては触れてを繰り返し、ティキの唇がミランダの額へとたどり着く。
すると離れた唇の代わり、広く形の良い額がミランダのそれと重なり合う。自分のものでない吐息が唇をくすぐっている。恥ずかしくて居たたまれない。
「あ……ティキ、さん」
思わずあげた声が自分のものだと理解するまで暫く必要だった。それほど、その声は別人のようだった。
声に混じる誘う響きに涙が滲んだ。とっさに目をつぶる。
するとティキはようやくミランダをその腕に抱きしめる。たくましい腕を自分の背中に感じて、ミランダは目を閉じたまま彼の背中へ手を回す。振り払われるのではないかという恐れはどうしても消えない。いつかこの人は自分の前から消えてしまうのだろうという確信はこんな風にされる度に強くなっていく。
けれど、今夜はまだ大丈夫。
ティキがミランダを抱く力を強めた。押し付けた耳から直接聞こえる彼の心臓の音に安堵の息を吐く。
と、ティキは抱きしめていた薄い肩を苛立たしそうに押しのけ、彼女の頬を両手で包み込んだ。驚いて目を開けたミランダの瞳に飛び込んできた男の表情は険しい。寄せられた眉が悲しくて、それでも自分の頬に触れる手の平が優しくて、さ迷わせていた手を彼の手の甲へと重ねる。
「おまえは酷い女だ……」
唇が重なる寸前届いた声は低く甘い。でも掠れて苦しそう。
この人がこう言うのなら、きっと自分はそうなのだろうと思う。でも今彼にこうして触れることができるならそれでいい。酷くない人のまま彼に触れられないより余程いい。
男の肩越しに見えた月が大きい。どうしてこんなに近く見えるのに触れないのだろう。
閉じたまぶたの裏、重なったのはティキの瞳と丸い月。
その理由が分からないまま、今夜もミランダはティキと過ごす。
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