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僕に言えることは、ひとつしかないから

今回はラビミラです。
タイトルは群青三メートル手前さんの「沁々三十題」より。毎回、タイトルだけが素敵でなー(笑)

よろしければどうぞ。

 
 
僕に言えることは、ひとつしかないから


空気が動いた。体が自然に動いた。
つかんだ相手の腕をひねり上げる寸前、ラビは動きを止めた。確かめるように隻眼を二、三度またたかせる。目の前には女性がひとり立っていた。こげ茶の瞳が零れ落ちそうなほど大きく目を見開いている。
ラビと彼女の間にフワリと広がった暗緑色のストールが、音をたてずに落下して彼らの足元を覆う。
視界の隅、ラビのつかんだ彼女の右手は小さく丸い花びらが付いた緑の茎をしっかりと握りしめ、自由な左手はもの問いたげに宙で固まっている。
即座に状況を把握したラビは、力を抜いて女性にもたれかかってみせた。

「みらん、だ?」

眠そうな声を出す。
表情を消して彼女を凝視していたのはほんの僅か。きっとこれで彼女は誤魔化されてくれる。

「ラビくん? 寝ぼけてるの?」
「いー匂い....」

思ったとおり、強張っていた彼女の肩から力が抜けていく。
それにしても、本当にいい匂いだ。分かるモノには分かる、ラビも知っている。
慎ましく控えめに自分の毒を周りに知らせる香り。
高い襟に包まれた細い首に鼻をすり寄せると、頭を一度なでてくれる。
夢より心地よい穏やかな香りに包まれながら、ラビの心は騒がしかった。気配も消さず空気の流れを制御もしない人間がこれほど近くに来るまで気づかなかったことに。
眠っていたとはいえ、眠っていたからこそ、どんな小さな変化も感じとらなければいけないのに。

「起こしちゃった? ごめんなさいね」
「んーん」

謝る落ち着いた声を耳元に聞きながら、名残惜しく細い体から離れる。寝ぼけた年下の少年が起きぬけのボケた頭で年上の仲間に甘えられる時間はこれくらいだろう。

「スズラン....あぁ、ミュゲの日、てことはエミリアとティモシー?」
「! 本当にラビくんは物知りねぇ。私は初めて知ったのに。
 そうなの、今日はフランスではスズランの日でしょう。ティモシーくんは孤児院にいた時、子どもたち皆で院長先生にスズランを贈ってたんですって。それを知ったクラウド元帥がスズランの手配をしてくださって....お裾分けが食堂のテーブルに山盛りよ」
「クラウド元帥が? へぇ珍しい」
「珍しいの?」
「うん珍しい。黒の教団内のイベントはコムイが一手に引き受けてたから。そんでオレで最後かな。ミランダがスズラン渡すのは」

ミランダの右手を引き寄せて、その手に握られた小さな花束に鼻を近づける。ミランダから漂っていたのと同じ香りが一際つよくなった。

「え、何で最後って」
「ん~? ミランダの体中からコレと同じ匂いするから。一つ二つじゃそうはなんないだろ~? 沢山抱えてたはずが、今もってるのは一つだけ。あちこち配った最後の一つって考えるのが自然だと思うけど」

違う? と眉を上げてみせたラビに、ミランダの眉が申し訳なさそうに下がる。
渡される順番が遅かろうと早かろうと、気にするような性格でも間柄でもない。ただ事実を指摘しただけが、ミランダにとっては後ろめたくなってしまうらしい。

「私は沢山の人にお世話になってるでしょう? 幾らでも持っていっていいと言ってくださったので、調子にのって沢山頂いてしまって。あの、ラビくん、それでその....最後になってしまったけど受けとってもらえるかしら」

恐る恐る差し出された小さな花束──実際、3本のスズランを細いリボンで結わえた、気持ち程度のものだ──を気安く手に収める。じっとラビを凝視していたミランダが、そうしてようやく安堵のため息を漏らした。

「あんがと。でもオレ、何も用意してないさ。今から食堂行ってまだあるかなあ....」
「そうねぇ。山ほどあったから多分あると思うけど。ブックマンやコムイさんに?」
「オレのが世話してやってる気がするけど....って違うさミランダ。世話になった人じゃなくて親しい人に贈るんさ、コレ」
「え。そうなの?」

こげ茶の目が丸くなる。どうもお歳暮やクリスマスなどの行事と一緒くたになっているようだ。微笑ましくてラビは口元をゆるめた。

ミュゲの日。
いつから始まったのかは知らないが、この日に親しい人へミュゲ(スズラン)を贈るとその人は幸せになれるというフランスの習慣だ。
多分、キリスト教のイースターやドイツのその名もズバリ春祭りのように、春の訪れを祝う土着の祭りが元だろう。
とはいえ、スズランといえば可憐な容姿と反対に強い毒性で有名だ。それを贈って幸せを祈るあたり、シャレのきついフランスらしいと思うのは考えすぎだろうか。

優しく甘く感じられるこの香りの持ち主の願いはただ一つ。

『私は毒を持っています。だからお願い、私に近づかないで』

しかしとラビは首を傾げざるをえない。
こんなに優しい声では足元に目をやることなく踏みつけていくガサツな連中に対する警告にはならないだろう。
そして、危険を告げる甘い香りにひかれてしゃがみこむのは無知な子ども。小さく愛らしい花が自らを害することを知らないまま手を伸ばす。

ラビは違う。
ラビなら足元に注意を払い、花の警告に耳を傾け、決してこの花に近づかない。
手を伸ばさず声をかけず、ただ花を見る。花の咲いた土地の特徴を、この花の色を香りを咲く時期を枯れる様を、ただ見つめる。
手の中の白い花に目をとめてラビが呟いた言葉に、ミランダが首を傾げた。

「ミランダのスズランさね」
「私?」
「ん。ドイツスズラン」
「ドイツのじゃないスズランもあるの?」
「うん。東の国の寒い地方に、もっと小さくて香りも弱くて生命力の足りなそうなのが」
「東....リナリーちゃんとコムイさんの国?」

天井へと視線を向けて何かを思い出そうとするように眉を寄せ、ミランダが尋ねる。ちょっとの間をあけて、ラビは頷いた。中国も日本も、ここヨーロッパの人間にとっては似たようなものだろうから。
肯定されて晴れやかな笑顔を見せたミランダは、しかし次には肩を落とした。指を組み替え上目がちにラビを伺う。

「ラビくんは、ドイツスズランは嫌い?」
「何で? いい匂いじゃん、これ。花も鈴みたいに丸っこくて面白いし。振ったらリンリン鳴りそう」
「それじゃ、本当にこのスズラン、好きなのね?」
「うん、好き」
「よかった」

ふざけてゆっくりとスズランを振ったラビに、ミランダは今度こそ憂いなく笑った。
と、何かに気づいたようにしゃがみ込んで、床からストールを拾い上げる。

「じゃぁラビくん、お昼寝の邪魔をしちゃってごめんなさい。これ、よかったらかけて」

差し出されたストールをミランダの肩にかけてやる。春とはいえまだ5月、冷え性のミランダに風邪をひかせるわけにはいかない。

「ラビくん?」
「ミランダそのドレス一枚だけだろ? オレは隣の書庫に毛布おいてあるから」

ありがとうと、もう一度きれいに笑って忙しなくミランダは図書室から出て行った。確かこの時間、彼女は鍛錬の予定が入っていたはず。真面目な彼女が大事なその時間を使ってラビを探してくれた、それだけで温かな気持ちが心に満ちる。

細い背中を見送った視線を転じれば、机の上、本の表紙に置かれた小さなスズランの花。持ち上げて、口元まで運ぶ。そんなことをしたらとんでもないことになるとわかっているが、食べたらおいしそうな匂い。
食べないけどさ。
心に呟く。そう、食べない。本当は近づくつもりだってなかった。危険な花だと知ってたから。知ってたつもりだったから。
でも。

「うん、好きだよ」

未来のブックマンに許された、数少ない言葉。囁いて、手の平で包み込んでしまえそうなほど小さな花束に口付けた。





5/1はミュゲ(スズラン)の日なんだとか。
できるならその日にアップしたかったんですけどね、多分ムリだと自分で分かってるので(笑)フライング更新。

とても有名なメイドさんマンガ(違)の「エマ」の物語ラストで彼女が選んだスズランの香水。一度は香りをきいてみたいなー。(こんな話を書いときながら、実は一度もきいた経験がなかったり)

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