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前回からの続き。
そろそろと近寄る。何度か彼のたぬき寝入りに騙されているミランダとしては、用心するにこしたことはない。
じりじりと、まるで匍匐前進でもするようにして歩み寄ったベッドの傍ら、膝をついた。
ゆっくりと、赤い髪に手を伸ばす。もう少しで触れるというところで一旦、手を止めた。じっと見つめる。規則正しく上下する胸。目蓋はピタリと閉じたまま。
本当に眠ってるのよね。
小さく頷いて、こんな時まで付けたままの眼帯の紐を避けて、恐る恐る髪に触れる。生乾きのそれは重力に従ってペチャリとシーツの上に散らばっていた。
無邪気な寝顔だ。自然と頬が緩む。
普段の彼は、とても明るい。いつだって無邪気に笑ってみせる。見遣る誰もが『無邪気』としか表現のしようのない顔で。その態度に励まされることは多いけれど、少し寂しいとミランダは最近思うようになった。
年相応に怒った顔や泣いた顔、困った顔だって見たいのに。日本に向かう船の上では見せてくれたと思っていたのに。
優しい彼は、いつだって他人を思って、自分のことを後回しにしてしまう。
日本から無事に帰還を果たしてから、その程度が甚だしくなったような気がする。
「...ラビ君...、ラビ君が皆を思うように、アレン君やリナリーちゃん、クロウリーさんや神田君......もちろん私だって...、ラビ君のこと、支えたいのよ?」
囁いて。
そっと、頭を撫でてみる。柔らかな髪の感触。それから、無造作に投げ出された大きな手。自分の両手で包み込む。温かい。年かしら。知らず涙がこみ上げた。
たっぷりと可愛らしい寝顔を愛でてから、さて自分はどこで寝ようと腰を上げる。上げようとしたミランダは、手首を引き寄せられ、ラビの胸の上へ。
「ぶっ」
勢いあまって鼻を打ったミランダは慌てて体をおこそうとするが、背中に回った腕が許してくれない。
「ラビ君! 騙した...の......ね?」
抗議しようと見上げた先の隻眼は閉じたまま。語尾は段々小さくなる。こんな時でも、眠っている相手を起こしてはいけないと思いやれるのは、彼女の長所でもありつけこまれる所以でもあり。
ギュッと抱きしめられて、苦しさに身を捩ろうとした時。
「むにゃ~...じじー...」
頭の上から聞こえた名前に、ミランダがパチクリと目を瞬かせた。
「ユウ~...アレン......リナリィ...」
続く名前は、ミランダにとって親しいエクソシストのもの。けれど、付き合いの長さでいったらラビにとっての方がより重い意味を持っている仲間たち。
「ミランダ...」
ようやっとミランダの名前が出てきた。
「失礼しちゃうわ、今、ラビ君の一番近くにいて抱き枕になってあげてるのは私なのに!」
なんて文句を言うミランダの顔には満面の笑みが広がる。
楽しい夢を見ているのかしらと思う。こんなに穏やかな顔で、彼にとって大切な人たちの名前が次々と出てくるのだから。声だってとても柔らかい。
その中に、自分もいるのかと思うと...いさせてくれるのかと思うと、ミランダの心はポカポカと温かくなる。
もう片方に比べれば幾分か自由になる右手を伸ばす。そして、ラビの頬を優しく撫でた後で彼の胸に添えて、持ち上げていた自分の頭をコトンと落とした。直接触れるラビの肌に、頬が赤くなる。やっぱり恥ずかしくて、胸の鼓動も速いままだけれど。
そのままミランダは穏やかな眠りについた。
だから。
だから、彼女は知らない。
彼女が規則正しい寝息をたて始めてから三十分後。
ラビがパチリと隻眼を開けたことを。
自分の胸にもたれて眠る彼女を、ガラス細工を扱うよりも丁寧な動きでベッドに横たわらせたことを。
その後、唇で彼女の頬、閉じた目蓋、額、耳朶に触れたこと。決して彼女が目を覚ますことのないよう計算した乱暴さで、彼女の顔の横に両手をついたこと。
噛み付くような勢いで彼女の唇へと自分のそれを近づけ、吐息のかかる位置で動きを止め、暫くそのまま動けずにいたこと。
そうしてゆっくり彼女の肩口へと顔を埋め、小さく掠れる声で熱に浮かされたように何度もその名を呼んだこと。
それは、さっき彼女をラビが自分の胸に抱き寄せた時、真っ先に呼びたかった名前だったことを。
ミランダが知り得た筈もないのだ。
このラビ君がディックだったら(私が)楽しい。
単なるヘタレラビでもいいし、ほのぼのオチでもいいしシリアス風味に読めないこともないかと。
題名は、A.B.C.殺人事件の有名なトリック(?)の一節を参考に。
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