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ミランダの個室に、ウサギが一匹帰って来た。沢山ケーキの入ったバスケットを両手にぶら下げて。
「ラビ君、ねぇ、どうしたの?」
「ん~? 何も」
「でも!」
「それより、こっちのタルトは? ジェリー曰く、ラズベリーのほんのりとした酸味がポイントだってさ」
「ラビく、むぐ」
開けた口に小さく切られたビスケット地のタルトが放り込まれ、ミランダは条件反射で口を動かした。モグモグと甘さの中の酸っぱさを噛みしめ、ゆっくりと飲み込む。
美味しさに思わずため息を漏らした唇に「はい」とあてがわれる白磁のティーカップ。紅茶が零れることはない。ミランダ自身が飲むより余程安全かもしれない。何しろ、熱い紅茶をひっくり返して火傷をするのも、氷の入ったジュースを頭から引っかぶるのもミランダの得意とすることだから。
遅すぎず早すぎず、適度なタイミングで傾けれられるカップの中身を、息を吹きかけながら一口飲み込む。
「美味しい?」と聞かれコクリと頷くと、「へへ、そっか」と嬉しそうな声が後ろから。ついでのように耳元でチュッっと小さな音。
キスされたのだと気づき、一気にミランダの体温が上がった。
最近、どちらかが任務から帰ってくると大抵こうなる。
こうとは即ち、ウサギ....もといラビの膝の上に座らされ、二人羽織よろしく次から次へとケーキを口元へと持ってこられる状態。
「ねぇ、ラビ君、お願い。もし何か辛いことがあるなら....そりゃ、私は年上なのに頼りがいがないけど、でもその、....ら、ラビ君を思う気持ちなら誰にもま、負けない、つもりで、その....」
ミランダの語尾が震える。耳が熱い。恥ずかしい。
でも、こんなに一方的にして貰ってばかりは心苦しい。
恋人(という言葉を頭に思い浮かべるだけで、ミランダの体温はまたもや上がる)になってからまだ間もないけれど、最初の頃はこうではなかった。何か理由がある筈だ。
そっと、自分のお腹に回された青年の手に自分の手を重ねる。小さな傷が沢山ついたその手を優しく優しく撫でながら、ゆっくり考えをまとめながら、後ろに寄りかかってみる。硬くて温かな体を服越しに感じる。自分を包み込んでしまう大きな体を。
「ラビ君....あのね、私、ラビ君のこと、大切なの」
「?」
「ラビ君に優しくしたい」
「....あんがと」
「ラビ君が何か苦しいなら、愚痴くらい、聞かせてほしい」
「愚痴言うだけが、ストレス解消じゃねぇさ」
「言わないよりマシでしょ? お願い、ラビ君。こんな風に尋ねるのってズルイのよね、きっと。言わなくても察しなくちゃいけないんだわ。でも、私は鈍くてそんなことできなくて、でも、ラビ君のこと知りたくて、ラビ君が苦しいのは嫌で」
「ストップ。何でオレが苦しいって決め付けるん? ミランダが苦しいから?」
「そうじゃなくって。あぁ、うん、それはあるの。だって戦争の当事者になって人の死を目の当たりにするなんて想像したこともなかったから....もう、ラビ君! 何でそうやって話をはぐらかして」
「ミランダ、頼むよ」
言葉と一緒、つむじとこめかみにキスが降って来る。胸の膨らみの下、組み合わせたラビの手がミランダの体を引き寄せる力が強くなる。
真剣なラビの声に、ミランダは一瞬言葉を失った。が。
いつの間にやら、ラビに抱えられて座っていたソファの背もたれが背中に当たっていた。
目を上げれば、緑の綺麗な瞳が一つ、ミランダを見下ろしている。
「ラビ君?」
「あのね、オレ、いっつもミランダに触るたんびに悪いなぁって感じてるんさ」
「....何で?」
これは「何で私に触るのを悪いことだと感じるの?」という意味でなく、「悪いと思ってるのに、何で私の体をアチコチ触っているの?」という意味だ。
実際問題、ミランダはラビに頂かれる寸前の状態なわけで。ミランダがしつこくラビに問い質していたのも、この状態になるのを防ごうとしてだったりするわけで。
長い長いキスで塞がれていた口を解放され、せき込んでいるミランダを広い胸に抱きこんで、ラビは音立てて彼女の額に口付ける。
「ケーキはせめてもの罪滅ぼし」
「....ラビ君、だから、こんなことするよりキチンと話してくれた方が」
ミランダには、こういった行為は言葉に出来ない何かを伝えるためのものだという認識がある。
一方、ラビがこういったことをするのは好きな相手としたいからというただそれだけの話で、難しい理由があるわけでない。
二人の間の埋めがたい溝に気づいているラビは罪悪感を感じつつケーキを用意し、気づかないミランダはケーキに漏れなく付いてくる行為の理由を一生懸命探す。
堂々巡りのこの二人が、曲がりなりにも恋人同士になれ、尚且つこういった行為にまで及ぶ関係性を築けたことに比べれば、イノセンスのもたらす様々な怪奇も奇跡と呼ぶには当たらない。
のかもしれない。
ことが終わって、満足げに喉を鳴らしてミランダの髪を梳くラビの指を、ミランダはそっと引き寄せ自分の唇に押し当てる。
今回もはぐらかされてしまった青年の思いをいつか、言葉にして聞かせてもらえるくらいしっかりした人間になれますようにと願いながら。
ミランダさん、こういったことを嫌がってるのではなくて、それ以上にラビ君を心配してるだけですよ。
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